【note:02】 アニメ制作の現場

NHKが2019年12月17日に放送した番組
東京ミラクル 第3集 最強商品 アニメ」で、
日本のアニメ産業が取り上げられていました。
(レポーターは、俳優の佐藤健)

NHKの番組紹介サイトからそのまま引用すると…

500の制作会社が密集し、年間2300時間の作品を生み出すアニメ工場・東京。
海外での市場規模は、1兆円を超えた。世界が驚くのは、その制作費の安さ。
高品質と安さの両立を可能にしてきたのは、
お金よりもやりがいを求めるアニメーターの存在だった。
しかし、外資の参入、働き方改革で、日本のアニメ界は変革を迫られている。
その他、「天気の子」などの背景美術、
78才で創作を続ける宮崎駿監督のエネルギーを取材する。

アニメ好きな中高生は、ドキュメンタリー番組など
興味がないかもしれませんが、過去のNHKの番組は、
「NHKオンデマンド」で視聴することができます。

2020年からAmazonの「Prime Videoチャンネル」でも
「NHKオンデマンド」が配信されています。(月額990円)

NHKオンデマンド
https://www.nhk-ondemand.jp/#/0/

さて。同番組のナレーションでは、
日本のアニメは「世界を席巻する最強商品」だと謳われ、
以下のようなデータが紹介されていました。

1:日本で制作されるアニメは年間2300時間
  作品数は400以上。その大半が東京で作られている。
2:海外における日本アニメの市場規模は、
  この5年で4倍に増え、1兆円を超えた。
3:しかし、日本アニメの制作費は驚くほど安く、
  その多くがディズニーの10分の1以下

なぜ日本のアニメの制作費は、こんなに安いのか?

同番組では日本のアニメ制作の歴史を振り返り、
1963(昭和38)に放映を開始したTVアニメ
『鉄腕アトム』にまでさかのぼります。

『鉄腕アトム』は手塚治虫のスタジオ(虫プロ)で制作され、
毎週1話30分のアニメ放送は、世界初の試みでした。

当時は1時間あまりのアニメ映画をつくるのに
数百人のスタッフで1年以上かかっていたそうです。
30分枠のTVアニメを、数十人で毎週作るなど
とうていムリだと考えるのが常識でした。

番組では、当時を知る杉井ギサブロー監督が
全員が反対したんですから。プロデューサーとか、
テレビ局の人とか全員が。なぜ反対かというと、
できるわけがないという…
」と証言していました。

しかし手塚は、同じ絵の再利用や "口パク"などの省力化で
作画枚数を従来の5分の1に抑え、実現してしまいます。

制作費については、どうしてもアニメの制作を
受注したかった手塚治虫自身が、1話あたり55万円
ばかみたいな安値」で引き受けたそうです。
番組によれば、相場の5分の1ほどだったとか。

そのため、手塚は自分の漫画の原稿料や関連商品の売り上げで
スタッフたちの給料を補てんしていました。

番組で紹介されていた手塚治虫の自伝『ぼくはマンガ家』
(手元にあるのは「立東舎文庫」版)で確認してみました。

こう書かれています。

「どのくらいでできます、手塚さん?」
「そうですねぇ、お安くできますよ」
と、ぼくは、せい一ぱい天国的な顔で答えた。…(中略)
「五十五万円ぐらいです、三十分もので」
というと、明治製菓の人は目をむいて、
「そんなもんですか!」
と、安心した。
この数字は、現在でも、いや当時ですら、ばかみたいな安値である。

(『ぼくはマンガ家』手塚治虫)

そして手塚は、この「アトム」の安売りは大失敗だったとも記しています。

「アトム」が大ブームになると、スポンサーたちは
どんなに大金を積んでも、どこかの制作会社を使って
つぎつぎに類似のTVアニメを作らせるようになります。

アトムが、雑誌や、コミックスや、商品や、テレビに並行して活躍しているのが、利潤の鍵だと考えたスポンサーは、まず原作を誰かにつくらせ、それを逆にテレビと雑誌に売り込んだ。雑誌は、テレビが始まれば人気の保証があるので、テレビの台本通りに漫画家に連載を描かせる。…(中略)…テレビが終れば、その連載もいやおうなしに終らされ、その画家はほうり出されるのだ。
 狂っていた。なにもかも異常だった。まあ、「アトム」は、自分で自分の首をしめた形になった。

(『ぼくはマンガ家』手塚治虫)

「アトム」が儲かるとわかったスポンサーたちにとって
アニメ制作は金儲け(=投資)の手段になったわけですね。
一方、制作会社が増えて受注競争が激しくなれば、
下請けの制作費は下がっていったことでしょう。

今だと、数社のスポンサーが集まって投資リスクを分散する
「製作委員会方式」がとられたりしてますけど。
制作費が安く抑えられているのは変わっていないようです。

四年間続いた「アトム」のTVアニメシリーズで、
手塚の原作通りのアトムは1年半ほどで終了します。
しかし、その後も毎週の放送に間に合わせるために、
片っぱしからストーリーを作りあげるようになり、
質よりも先に納入期日に間に合わせることが優先」に
なったと手塚は述懐しています。

そのころには、もう、虫プロの機構は、ぼくひとりでは
どうにもならないくらい、巨大になってしまっていた
」と
語る手塚の言葉に、無念さがにじんでいます。

虫プロのスタッフたちの働きぶりは、どうだったか。

スタッフは、死にものぐるいで徹夜の奮闘をつづけた。作っても作っても、毎週一回放映というテレビの怪物は、作品を片っぱしから食っていった。二、三カ月のうちに、視聴率や、評判があがるのに反比例して、スタッフの顔はぞっとするほど痩せ衰えていった。ただ、みんなをささえていたものは、われわれは開拓者なんだというプライドだけであった。何人かがノイローゼになり、からだじゅうガタがきて、休んでしまった。それでも歯を食いしばってみんな耐えぬいた。
(『ぼくはマンガ家』手塚治虫)

今、アニメ制作の現場はブラックだとか、
「やりがい搾取」だといわれて問題視されていますが、
「アトム」の時代から過酷だったんですね。

さて、NHKの番組「最強商品アニメ」の中では、
日本のアニメの制作費が安く抑えられた経緯について、
アトムの成功体験が後のアニメ業界に影響を与え続けたと述べ、
アニメ史の専門家が次のようにコメントしていました。

アトムの放映が始まる前は、到底無理だと思われていた。その毎週1話を制作していくっていうようなことはですね。ところがそれが実際にできて、しかもそれがちゃんと商品になっているっていう。だからこの水準のものが、この値段でできるんだったら、じゃあやれるね、みたいな。そんな話が一人歩きしたっていうのが実情に近いというふうには考えていますね。
(日本大学芸術学部講師:津堅信之)

では番組から離れて、実際に今、アニメ制作に携わる人たちは
どんなことを感じ、考えているのでしょうか。

昨年、日本アニメーター・演出協会が公開した
アニメーション制作者実態報告書2019」から
気になった意見をいくつか拾ってみます。

アニメーション制作者実態報告書2019
http://www.janica.jp/survey/survey2019_report.html

報告書の「第七章 アニメーション制作者の多声性」から
回答の一部を切り取って並べています。
(※印は、私が勝手につけた注と感想です)

ではまず、アニメ制作現場の悲鳴から。

◎私は毎日毎日、何をやっているんだろうか。飲まず、食わず、眠れず、トイレも我慢して座り続け、時には24時間描き続けて、それでも仕事は終わらない。(女:50代:第二原画)

◎「よい作品を作りたい」「この酷い仕上がりを自分の力で底上げしたい」…そういう皆さんの頑張りや良心が、皮肉にも「酷い現場」を支えて成り立たせている。「こんな条件では作りません!」…ストライキのような運動が必要なように思います。(男・40代:演出)

※ちなみに、アメリカのディズニースタジオでは、
1941年にアニメーターたちの待遇改善のストライキがありました。

こうしたひどい現場になるのは「制作本数が多すぎる」ことと
キツキツの(またはいい加減な)「スケジュール」にあるようです。

◎アニメの本数が多すぎる。出版社しか喜ばないようなTVアニメばかりで視聴者が置いてきぼりになっている気がする。…アニメの本数が多くなったからか制作会社も乱立、アニメーターの数が足らないのとアニメーターのクオリティの落ちているのが顕著。(男・30代:制作進行)

※「出版社しか喜ばない」というのは、出版社もスポンサーであり、
アニメがヒットすると原作のマンガやラノベも売れるからでしょうか 。

◎制作人数が足りないところに作品ばかり増やしても質の悪いアニメが増えるだけで、使い捨てアニメが大量生産されてるようにしか思えないです…。(男・50代:演出)

※アニメは10本作っても9本はコケて、そのうち1本でもヒットすれば
9本分の赤字が埋まるギャンブルのようなビジネスだそうで。
だからスポンサーは "数撃ちゃ当たる" と思っているのかも。
制作する現場は酷使されてたまったもんじゃありませんけど。

◎とにかく作品数が多すぎるのと作業期間が短すぎる。作品単価が安すぎる。スケジュールがカツカツ過ぎてスタッフ間に精神的余裕もなくなり、現場はどこも険悪なので本当にスタジオに入りたくない。(女・40代:不明)

※工場のライン作業なんかもそうですね。スピード(効率)をムリに上げると、
現場は険悪になってみんなイライラしてしまう。

◎とにかく賃金が低い。スピードも質も求められ、その上、量までこなさないと生活ができないというのは身体も心も壊れるに決まってます。…企画をとってくる立場の人間が現場のことを見ていなさすぎる。(女・20代:LOラフ原) 

※LO=レイアウト。ラフ原=ラフ原画。

◎人間を使い捨てのコマか何かと考えているのでしょうか?…次から次へ作品を取り、人がこわれれば次を入れ、そのくり返しです。何を考えているのでしょうか。(女・30代:プロデューサー)

※考えているのは納期のこと、仕事を回すことだけでしょうか。
手塚治虫でさえ、まわり続ける歯車を止められなかったと書いてます。

アニメ業界の構造そのものを問題視する声もありました。

◎監督以下クリエーターは使い捨てにされている。…日本だけがメーカーが談合のようなビジネスをして自分たちの権利を増やすことしか考えていない下らない仕組み。(男・30代:作画監督)

※この「メーカーが談合のようなビジネスをして」というのは、
資金を出してリスクと利潤を分け合う「制作委員会」のことでしょうか。

◎芸術としてのアニメーションに興味などなく、広告・宣伝ツールとしてアニメを用いて、現場を疲弊させている人たちが多すぎる印象。(女・20代:LOラフ原)

※アトムの時代から、アニメを金儲けの手段と考える人たちと、
芸術性を求めるクリエーターとの間に溝があるような気がします。

ちなみに、この調査はアニメ制作に携わる約1500人に
調査票を配布し、ネットでも協力を呼びかけたそうですが、
回答を寄せたのは382人で、有効回答率はわずか24.2%でした。

◎現段階も3日徹夜、〆切は今日。賃金でいうなら時給50円以下の仕事で死にかけているのでこんな形となってしまい、アンケートに答える余裕すらないこの業界の実態がほんとうに恨めしいです。(女・40代:第二原画)

アニメキャラに夢中になって現実は見たくないとか、
アニメを逃避の手段にしている若者なんかは、
そんなアニメの制作現場にいる人たちのリアルな思いを
ときどき想像してみてはいかがでしょうか。
こんな声もありました。

◎アニメというのは誰かが作っているのではなくて、どこからか湧いて出てくるものであるかのような印象が、日本全体に蔓延しているように感じられ、とてももどかしい。(男・50代:演出)