異郷への憧れ(エキゾチシズム)は、詩や小説、マンガや映画など
さまざまなフィクションの中で繰り返し描かれてきました。
歌謡曲や流行歌も、外国や異郷のイメージを歌詞に取り入れて
“ここではないどこか”へと私たちを誘うことがあります。
聴き手にとっては、退屈な日常からの脱出かもしれないし、
きびしい現実から夢の世界への逃避、なのかもしれません。
異国趣味(エキゾチシズム)を感じさせる歌謡曲の
タイトルと歌詞の一部をいくつか挙げてみます。
◆『アラビヤの唄』二村定一 (昭和3)
<砂漠に日が落ちて 夜となる頃
恋人よ なつかしい歌をうたおうよ>
◆『桑港(サンフランシスコ)のチャイナタウン』渡辺はま子 (昭和25)
<花やさし霧の街 チャイナタウンの恋の夜 >
◆『恋のメキシカンロック』橋幸夫(昭和42)
<ぎらら まぶしい太陽 肌にやけつく太陽
真昼の海で 出逢った二人 >
◆『飛んでイスタンブール』庄野真代(昭和53)
<おいでイスタンブール 人の気持ちはシュール
だから出逢ったことも 蜃気楼 真昼の夢>
◆『異邦人‐シルクロードのテーマ‐』久保田早紀(昭和54)
<空と大地がふれあう彼方
過去からの旅人を呼んでいる道>
歌謡曲において、エキゾチックな世界は
たいてい「恋心」とセットで歌われます。
多くの歌謡曲がラブソングであることを思えば当然ですが、
そもそも、“恋に落ちる”という状況が非日常的な体験です。
現実は、まったくロマンチックではありませんが、
私たち人間は“ロマンチックな夢”を必要とします。
そして(出逢うにしろ、別れるにしろ)恋のドラマが
“映える”場所として、異邦の地が選ばれることが多い。
『蘇州夜曲』は、日中戦争のさなかに上海でロケをした
映画「支那の夜」(1940)の挿入歌として作られたため、
水の都・蘇州がロマンチックな恋の舞台に選ばれました。
一方、海外にまで足をのばさなくても、昭和の歌謡曲には
数多くの「ご当地ソング」と呼ばれる歌があります。
日本各地の名所や盛り場、港町などを舞台にした歌ですが、
国内/海外の違いはあれ、異国情緒をかもし出す歌と同じように、
聴き手を「ここではない場所」へとトリップさせてくれます。
(「ご当地ソング」も、ほとんど恋の舞台として描かれます)
歌の歴史をさかのぼると「歌枕(うたまくら)」というのがありました。
これは、和歌の中に詠み込まれる各地の名所旧跡のことで、
(例:逢坂の関(おうさかのせき)、白河、竜田川、富士山など)
地名がもつイメージが歌の情趣を高めるのに利用されています。
私たちは(そんな場所に行ったことがなくても)
美しいシーンを思い描き、心を揺さぶられたりします。
感動のあまり、実際に作品の舞台を訪れる人もいます。
(今ではたいてい観光化されていますけど )
都に住む貴族たちも、見たことのない遠い歌枕の地に、
異郷への憧れ(エキゾチシズム)を感じていたことでしょう。
こうした伝統が、戦後の昭和歌謡になると
<生命(いのち)のときめき エキゾチック エキゾチック・ジャパン>
(『2億4千万の瞳』郷ひろみ 1984)となるわけですね。
西行法師も、芭蕉も、歌枕を訪ねたわけですが、
今ならばアニメ作品の舞台を訪れる“聖地巡礼”でしょうか。
今も昔も変わらず、私たちの想像力の根底には
「ここではないどこかへ」という“他界(外部)”への憧れがあります。
郷ひろみが歌ってヒットした『2億4千万の瞳』は
国鉄(いまのJR)のキャンペーンソングとして制作されましたが、
『蘇州夜曲』は、1999年に烏龍茶のCMに使われました。
(元“プリンセス・プリンセス”の奥居香がカバー)
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