ヴォネガットさん、あなたに神のお恵みを。(01)
カート・ヴォネガット(Kurt Vonnegut:1922−2007 )
愛は敗れても、親切は勝つ。

カート・ヴォネガットは日本で一番よく読まれている現代アメリカ作家の一人である」【1】と、代表作の一つ『母なる夜』の訳者あとがきに書かれたのが1984年のこと。当時、ヴォネガットの作品が続々と邦訳され、ちょっとしたブームがありました。

カート・ヴォネガットとは、いったいどんな作家なのか?
彼の作品の中核となる思想を10字以上15字以内で述べなさい…。

 ジョン・フィグラーは、善良な高校生である。フィグラー少年の手紙によると、彼はわたしの書いたものをほとんど読みつくしたので、いまやわたしの半生の著作の核心にあるただ一つの思想を指摘できるまでになったという。彼の言葉をかりれば、それはこうだ   「愛は敗れても、親切は勝つ」

 言いえて妙だとわたしは思う    しかも過不足がない。というわけで、五十六歳の誕生日を五日も過ぎたいま、わたしは忸怩たる心境におちいった。なにもあんなにたくさんの本を書く必要はなかった。たった十一文字の電文で、ことは足りたのだ。
 いや、まじめな話。
【2】

「愛は敗れても、親切は勝つ」   それだけ聞いても、何のことだかよくわからない?そんな方はぜひヴォネガット作品を読んでみてください。「愛」なんて崇高なものではなく、絶望的な状況のなかで描かれる「親切」。そのバカバカしさ、哀しさ、温かさ、美しさ…。

今、ヴォネガットを読んで笑っている若者はどのくらいいるのでしょう。もはや時代遅れなのでしょうか。「成熟とは苦い失望だ。治す薬はない。治せるものを強いてあげるとすれば、笑いだろう」【3】とは、小説『猫のゆりかご』に出てくるボコノンの教えです。言いかえれば、現実に対して失望している若者、処方箋としての笑いを必要としている者には、今でも有効だと思うのですが、どうでしょうか。

まずは、ヴォネガットの作品の多くを翻訳してきた浅倉久志さんのわかりやすい解説を聞いてみましょう。

とても話上手なおじさんが、とぼけた口調で面白おかしい物語を聞かせてくれます。どうしようもないほどバカな人間たちの演じる、時にはグロテスクで、時には悲しく、時には美しい、しかしつねに滑稽である物語です。腹をかかえて笑いころげながら、聴き手はいつのまにかしんみりとなにかを考えさせられてしまいます。…

おじさんがもしなにかを信じているとすれば、それは笑いの効力だけです。どうしようもなくバカな人間たちの姿を時には誇張したり、時にはいたわりでくるんだりした滑稽な作り話で、聴き手を笑わせながら、その笑いをつうじて、聴き手の心に、ほんの束の間でもいい、人間どうしのつながり、思いやり、といったものをかきたてられたら、とねがっている    そんな作家がカート・ヴォネガットではないでしょうか。【4】

【カート・ヴォネガット(Kurt Vonnegut)
(初期作品では「カート・ヴォネガット・ジュニア」)
1922年、ドイツ系移民の四世として米国のインディアナポリスに生まれる。第二次大戦で兵役につき、ドイツ軍の捕虜となり、ドイツの都市ドレスデンで味方の連合軍からの無差別爆撃を体験。

   1945年2月13日、一夜にして約2万5000人以上※の人々が殺されたドレスデンの空襲で、ヴォネガットら捕虜たちは屠畜場の地下貯蔵庫に収容されていたことで焼死をまぬがれた。代表作のひとつ『スローターハウス5』は、このドレスデン空襲の体験をもとに書かれている。
※ドレスデン爆撃の死者数については諸説ある。

   除隊後はシカゴ大学で人類学を学び、GE(ゼネラル・エレクトリック)社で広報の仕事に携わった後、ペイパーバック・ライターに。1960年代から若者を中心に人気が広がりはじめ、70年代には現代のアメリカを代表するベストセラー作家の一人となる。晩年は雑誌などにコラムを執筆。2007年4月に永眠。

◆SF作家というレッテル。

カート・ヴォネガットの作品のほとんどは、海外のSFやミステリを数多く翻訳出版してきたハヤカワ文庫から出ていました。最初の長編『プレイヤーピアノ』(1952)を発表して以来、ヴォネガットは評論家たちに「SF作家」のレッテルを貼られていましたが、本人はSFとして分類されることを嫌っていたようです。

頭の痛いことに、わたしは「サイエンス・フィクション」というラベルを貼ったファイルの住人ということになっているが、できれば逃げ出したいものだ。特に、まじめな批評家の多くがしょっちゅうそのファイルを小便用便器と見誤るものだから。どうやら、テクノロジーの動向に注意を向ける人間は無理やりこのファイルに突っ込まれるらしい。【5】

ヴォネガットの小説作品のなかには、ときおり彼の分身(?)であるキルゴア・トラウトなる不遇のSF作家が登場し、トラウトが書いたSF小説のプロットを紹介するという設定で、さまざまなジョークが披露されます。たとえば、こんな感じの…。

◆キルゴア・トラウト「宇宙の三日通行券」

「それで    死んだのは    おふくろですか?」ボイルは涙をこらえながらいった。
「おやじですか?ナンシーですか?」ナンシーは隣の家の娘だった。
「それとも、じいちゃんですか?」
「なあ、きみ   」司令官はいった。「気をたしかに持つんだぞ。こんなこときみに話すにはしのびないんだが    問題はだれが死んだかじゃない。なにが死んだかだ」
「なにが死んだんです?」
「なにが死んだかというとだね、きみ、それが銀河系なんだよ」
【6】


◆キルゴア・トラウト「踊るあほう」

空飛ぶ円盤に乗ったゾグという生物が、どうすれば戦争を防げるか、どうすればガンが治るかを説明するために、地球にやってくる。彼はこの情報をマーゴという惑星からたずさえてきた。そこの住民は、おならとタップダンスで会話をするのだ。
ゾグはコネティカット州内に着陸する。着陸したとたん、近くの家が燃えているのを知る。彼はその家の中に駆けこみ、おならとタップダンスで、家の人たちに恐ろしい危険のことを知らせようとする。家の主人は、ゴルフのクラブでゾグの脳天をぶんなぐる。
【7】

「SF作家」とはいったいどういう種類の人間なのか?
ヴォネガットの作品の中から、SF作家会議に出席したエリオット・ローズウォーターの(ほめているやら、けなしているやらわからない)名スピーチをお聞きください。

「ぼくはくそったれな諸君が大好きだ。最近は、きみらの書くものしか読まない。きみらだけだよ、いま現実にどんなものすごい変化が起こっているかを語ってくれるのは。きみらのようなキじるしでなくては、人生は宇宙の旅、それも短い旅じゃなく何十億年もつづく旅だ、なんてことはわからない。

きみらのように度胸のいい連中でなければ、未来をほんとうに気にかけたり、機械が人間をどう変えるか、戦争が人間をどう変えるか、大都市が人間をどう変えるか、でっかく単純な思想が人間をどう変えるか、とてつもない誤解や失敗や事故や災害が人間をどう変えるか、なんてことに注目したりはしない。

きみらのようにおっちょこちょいな連中でなければ、無限の時間と距離、決して死に絶えることのない神秘、いまわれわれはこのさき何十億年かの旅が天国行きになるか地獄行きになるのかの分かれ道にいるという事実    こういうことに心をすりへらしたりはしない」【6】

1960年代の当時、SFは子供っぽい低俗な読み物として、まじめな評論家から相手にされなかったそうです。もっとも、SFをバカにする評論家連中についてヴォネガットはこんな風に語っています。

責任は大学にあるのかもしれない。わたしの知るかぎり、英文科の学生は物理や化学を軽蔑するようそそのかされ、中庭のすぐむこうに巣くっている理工学部の、退屈で、不気味で、石頭で、戦争志向の連中とは違うことを誇りにせよと教えられている。あいにく、わが国で最も発言力のある批評家の大半は揃いもそろってそういう英文科の出身であり、きょうこの日に至るまでテクノロジーを毛嫌いしている。【5】

いわゆる文系と理系の対立。というより、文学や芸術といった観念が幅を効かせていた時代があったんですね。ヴォネガットは、いわゆる伝統的な文学に重きをおく育ちのよい批評家たちが、内心では人気作家のヴォネガット対してこんな不満を感じていたのだろうと推測しています。

かげに隠れた不満は、ぼくが野蛮だってこと。偉大な文学作品の系統だった勉強もせずに書いていること、俗悪な雑誌に喜んで三流作品を寄稿するようなやつで、紳士ではないってこと    アカデミックなものへの投資をしてないってことさ。【8】

英文科といえば、後にヴォネガットは友人のアレン・ギンズバーグ※の詩をネタにして、こんな皮肉を述べています。

※【アレン・ギンズバーグ 】(1926-1997)
1950年代に反逆的な生き方でアメリカの若者の心をとらえた“ビート・ジェネレーション”を代表する詩人。1955年に発表された詩集『吠える(Howl)』は、ジャック・ケルアックの小説『路上(On the Road)などとともに、後のヒッピー文化のバイブルとなった。

多くの人は、われわれにはすでにひとつの聖歌があると言った。それはわたしの友人のアレン・ギンズバーグの作った《ほえる》である。出だしはこうだ   ,     

おれは見た。同じ世代のいちばん頭のいい連中が、
狂気に打ちのめされ、腹ぺこの裸で発作に駆られ、
明け方、怒りのヘロイン注射をあさるため、
鉛の足を引きずってニグロの街をさまようのを。
夜の機械装置のなかで、華々しい発電機との、
古代的な至福に満ちた連結を求めて身を焦がす、
天使の頭を持ったヒップスターたちを。

といった調子。…

もしわたしの思い違いでないとすれば、ギンズバーグのいちばんの親友は、コロンビア大学の英米文学専攻の学生たちであった。
べつに悪意をこめて言うわけではないが、どんな世代にせよ、そのなかでいちばん頭のいい連中を、英米文学専攻の学生のうちから探そうという気に、わたしなら決してならないだろう。わたしなら、まず物理専攻か音楽専攻の学生に当たってみるだろう    そのあとは生化学専攻だ。アメリカのどの大学でも、いちばん頭の悪い学生が集まっているのは教育学部で、おつぎは英米文学科と、相場は決まっている。
【8】

なるほど。(笑)
胸のすくような大胆な発言ですね。ま、何をもって頭がいいか、悪いかを決めるのは、なかなか難しいことだと思いますが(と、私がフォローしなくても…)、ともあれヴォネガットは英文科出身の、気取った評論家連中が気に食わなかったんでしょうね。

◆そう……ジョークの寄せ木細工だ。

カート・ヴォネガットの作品は、当時の若者たちの間で熱烈に支持された一方で、子供に悪影響を及ぼすと誤解され、時おりアメリカ各地の教育委員会の手によって、公立図書館から締め出されたそうです。

彼の作品『スローターハウス5』を焼却炉で燃やすように命令したノースダコタ州ドレイク市の教育委員会宛てに書いた手紙(1973)のなかで、ヴォネガットはこう述べています。

毎年わたしのもとへは、少なくとも一ダースの大学や高校から、卒業記念講演の依頼がきます。わたしの作品は、アメリカに現存するおそらくどの作家のものよりも多く、広い範囲で学校のテキストとして使用されています。もしあなたが、教養ある人物にふさわしく、わたしの作品を実際に読んでくださるなら、それらがセクシーではなく、いかなる種類の野蛮さの味方をするものでもない、ということを了解なさるでしょう。【8】

へぇ、そうなんですね。ヴォネガットの作品がアメリカの学校の教科書に載ってるなんて驚きました。日本の場合、教科書に載る文章は退屈!という印象があるからです。ちなみにカート・ヴォネガットは、その著作の中にこんなイラストを描くことのできる作家です。

五十歳にもなって、わたしはこんな幼稚な作業をとプログラムされた    アメリカ国歌を侮辱し、ナチの旗や、けつの穴や、その他いろいろなものを、フェルトペンで書け。この本につけたわがイラストの成熟度の一端を知ってもらうために、そのけつの穴の絵をお目にかける,【7】

不覚にも、笑ってしまいました。また、ヴォネガット自身が語るところによれば、彼は文学史上<FUCK>という語を小説のタイトルに初めて使った作家だそうです。その短編のタイトルは『The Big Space Fuck』。題名だけで笑ってしまいます。読んでみたい方は『パームサンデー    自伝的コラージュ』(ハヤカワ文庫)に収められています。

◆コメディアンとジャズへの敬意

いわゆる“マジメな”文学作品よりも、SFやミステリなどのエンタメ系の小説に出会って、読書の楽しみに目を開かれたなんて話はよく聞きますが、ヴォネガットの小説も「笑い」の力でずいぶん多くの若者を目覚めさせたことでしょう。

なんでこんなに面白い小説を書けるんだろう?と不思議に思っていたら、こんな発言を見つけました。ヴォネガットは自分の創作の源泉    かつて彼を夢中にさせ、知恵を与えてくれたものはコメディアンだったと語っています。

正直にほんとのことを言います。これまで、同時代のどんな説教者よりも、政治家よりも、哲学者よりも、詩人よりも、画家よりも、小説家よりも、わたしの心を慰め、わたしに知恵を与えてくれたのは、コメディアンとジャズ・ミュージシャンでした。【8】

ぼくはジョークの言い方を覚えようと思って、ラジオのコメディアンたちのおしゃべりをいっしょうけんめい聞いたものだ。大人になったいま、ぼくが書いてる本がそう……ジョークの寄せ木細工。【8】

なるほど。ヴォネガットが10代の頃    アメリカの1930年代は世界恐慌に続く大不況の時代です。♪「On the Sunny Side of the Street(明るい表通りで)」みたいに、暗い時代こそ陽気に行こうみたいな、当時の人々が厳しい現実を「笑い」と「音楽」で乗り切ろうとした、そんな時代の影響もあるかも知れません。

ヴォネガットは、読者を笑わせることのできない深刻ぶった小説について、こう述べています。

現代アメリカの小説家の大部分、特にその作品がとても長たらしいために偉大と見なされている作家たちは、ここ一番読者を笑わせたいというときでも、それができない。従って彼らは、こっけいさとは本来まるで無縁の、深刻千万な事柄(たとえば善悪の問題)だけを扱っているようなふりをする    いや、せざるを得ない。 だから彼らの作品はいつも警察犬(ブラッドハウンド)みたいに陰うつなのだ。【8】

かつて偉大な作家としてよく引き合いに出されたロシアの文豪ドストエフスキーも、作品のなかでこんなジョークのネタに。

あるときローズウォーターがビリーにおもしろいことをいった。SFではないが、これも本の話である。人生について知るべきことは、すべてフョードル・ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』の中にある、と彼はいうのだった。そしてこうつけ加えた、「だけどもう、それだけじゃ足りないんだ【9】

『カラマーゾフの兄弟』に限らず、“文学史に残る名作”は世の中に山ほどあります。もし、人生は苦しくて、残酷で、不条理で、虚しくて…と、気の滅入るような暗い話ばかり聞かされると生きていくのがいやになることでしょう(笑)。それで、ローズウォーターさんは言うのです。もっと「すてきな新しい嘘」が必要なんじゃないかと。

◆文明批評・風刺としてのブラックな笑い。

作家が他の作家をほめるときは、多かれ少なかれ、その作家と共通して持っている資質や好みについて語ることになります。たとえば、風刺文学の傑作といわれる『ガリバー旅行記』を書いたスウィフト(1667-1745)について、ヴォネガットはこんなふうに擁護しています。

わたしが出た高校の先生のひとりは、スウィフトのように人間のいやらしさをくどくど述べたてる人は、少なくともちょっぴり頭がおかしいにきまってます、とわたしに言った。その(女の)先生がまだ存命なら、つぎのことを言い返してやりたい。

つまり、スウィフトの話は容赦なく冷酷で、ばかばかしいものにさえなっているが、そのばかばかしさはスウィフトが故意にもくろんだものであること。スウィフトはわれわれに、おまえたちは子羊でない、と言うのと同じくらい重要なひとつの教訓を与えようとしていること。その教訓とは、われわれは自己と他人に対してすぐ嫌悪をいだき、そうすることが文明を擁護するゆえんだと思い込みがちだが、あまりにも多くの人々の想像に反して、そんな嫌悪によって文明が守られることはない、という主旨であること、などを。【8】

このスウィフト嫌いの女の先生は、人間の美しさや偉大さを描くのが芸術の役割だと思っているのかも知れません。低俗なものや理解できないものを嫌悪したり、排除したがる人たちはいつの時代にもいるものですね。

(02)へつづく
<引用したTEXT>
【1】『母なる夜』(1961) 池澤夏樹訳 白水Uブックス
【2】『ジェイルバード』(1979)浅倉久志訳 ハヤカワ文庫
【3】『猫のゆりかご』(1963)伊藤典夫訳 ハヤカワ文庫
【4】『タイタンの妖女』(1959)浅倉久志訳 ハヤカワ文庫
【5】『ヴォネガット、大いに語る』(1974)飛田茂雄訳 サンリオ文庫
【6】『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』(1965) 浅倉久志訳 ハヤカワ文庫
【7】『チャンピオンたちの朝食』(1973)浅倉久志訳 ハヤカワ文庫
【8】『パームサンデー    自伝的コラージュ』(1981) 飛田茂雄訳 ハヤカワ文庫
【9】『スローターハウス5』 (1969) 伊藤典夫訳 ハヤカワ文庫
【10】『スラップスティック』(1976) 浅倉久志訳 ハヤカワ文庫
 ※( )はアメリカでの発表年。