【SF(の魅力)とは何か?】
2020年3月、Eテレの「100分de名著」という番組で
SF作家、アーサー・C・クラークの特集をやってました。
言わずと知れた『2001年宇宙の旅』の原作者であり、
ロバート・A・ハインライン、アイザック・アシモフと並ぶ
SF界の"ビッグ3"の一人です。
講師の瀬名秀明さんは、番組テキストにこう書いています。
SFとは何か これに答えるのは
「日本料理とは何か」「フランス料理とは何か」という問いに
ひと言で答えるのが難しいのと同様に極めて難しい。…
「SFとは何か」について論じるならば、
それは「ぼくたちの人間性とは何か」という大切な問いに
真正面から向き合い、考えることに等しい。
(瀬名秀明『NHK100分de名著 アーサー・C・クラーク スペシャル』)
「SFとは何か」という難問に答えようとすれば、
そもそも人間にとって「S:サイエンス(科学)」とは何か?
「F:フィクション(架空の物語・虚構)」とは何か?という
より大きな2つの問いについて考えるハメになります。
つきつめればそれは、私たちの文化の根底にある謎、
"我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか"
つまり「人間とは何か」という問いにつながります。
(大風呂敷を広げ過ぎた感がありますが…)
瀬名さんは先ほどのテキストの中で、SFの価値について
「人の創造性を鼓舞する[inspirational]こと」という
アーサー・C・クラークの言葉を翻訳し、紹介しています。
いったいどれほど多くの若者がヴェルヌとウェルズの小説から
世界の不思議(ワンダー)を知り、目を開かされて、科学の道に進んだことか?
…(SF作家は)読者に対して心の柔軟性を、変化への心構えと
"ようこそ"という気持ちを ひと言でいえば、適応性を促すのです。
(カリンガ賞を受賞したアーサー・C・クラークの記念スピーチより 1962)
"センス・オブ・ワンダー(不思議さの感覚)"という言葉は、
SFの特質や魅力を表すためによく使われてきました。
よく考えてみれば(SF作品が不思議というよりは)
宇宙や生命など、科学が対象としている
"自然界"そのものが不思議に満ちあふれています。
ふしぎだと思うこと これが科学の芽です。
よく観察してたしかめ そして考えること これが科学の茎です。
そうして最後になぞがとける これが科学の花です。
(朝永振一郎:1906−1979)
進化し続ける科学技術(テクノロジー)によって
変容してゆく社会のあり方や、想像され描かれる未来も、
私たちの目には不思議なものと映ります。
科学は不思議を殺すものではなく、不思議を生み出すものである。
(寺田寅彦:1876−1935)
『ドラえもん』の作者である藤子・F・不二雄は、
「すこし(Sukoshi)・ふしぎ(Fushigi)」という造語で、
「SF」をより親しみやすく表現しました。
人間は太古の昔から、神話や物語などを通じて
この世界の不思議やその解釈を表現してきました。
科学もまた、世界の謎に対する一つの解釈です。
(宗教は「信じる」もので、科学は反証可能性に
開かれた仮説として「理解する」ものですが)
いつの時代も、人間は"物語"という虚構を必要とし、
社会は虚構(フィクション)に支えられ維持されています。
神が死んだ近代、科学技術のめざましい発展によって、
科学を"魔法"のように扱うフィクションが生まれました。
いわばSFとは、科学の時代の新しい“神話”だったり
科学にかこつけた“寓話”と呼べるのかも知れません。
SFの魅力については、以前「よりぬき文庫」で紹介した
カート・ヴォネガットの作品に、こんな文章がありました。
作中人物のエリオット・ローズウォーター氏が
SF作家の会議に飛び入りして行った名スピーチを
もう一度引用しておきます 。
ぼくはくそったれな諸君が大好きだ。
最近は、きみらの書くものしか読まない。
きみらだけだよ、いま現実にどんなものすごい変化が
起こっているかを語ってくれるのは。
きみらのようなキじるしでなくては、
人生は宇宙の旅、それも短い旅じゃなく何十億年もつづく旅だ、
なんてことはわからない。
きみらのように度胸のいい連中でなければ、
未来をほんとうに気にかけたり、機械が人間をどう変えるか、
戦争が人間をどう変えるか、大都市が人間をどう変えるか、
でっかく単純な思想が人間をどう変えるか、
とてつもない誤解や失敗や事故や災害が人間をどう変えるか、
なんてことに注目したりはしない。
きみらのようにおっちょこちょいな連中でなければ、
無限の時間と距離、決して死に絶えることのない神秘、
いまわれわれはこのさき何十億年かの旅が天国行きになるか
地獄行きになるのかの分かれ道にいるという事実
こういうことに心をすりへらしたりはしない。
(『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』(1965)
カート・ヴォネガット/浅倉久志訳 ハヤカワ文庫)
ヴォネガット自身は「SF作家」というレッテルを貼られて
苦い思いをしたそうですが、くわしくは「よりぬき文庫」へ。
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