Chronicle
【えだみつクロニクル】
八幡・枝光の空襲の記録【1944−1945】

太平洋戦争中、八幡への空襲は、のべ20日以上に及びました。
大規模な空襲は3回で、とくに1945年8月8日の被害は甚大なものでした。

枝光地区での被害が大きかったのは、1944年6月16日の未明。
日本の本土ではじめて「B29」による空襲を受け、
小学校や駅など、あちこちに爆弾が落とされました。
【枝光の空襲罹災MAP】 
【八幡空襲の被災状況】 
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【八幡空襲の概要】  ★表をクリックで拡大(PDF:272KB)

【枝光での戦争・空襲体験談】

「となりの防空壕に爆弾が直撃」   (近藤逸子さん:当時7歳)

「空襲の基本用語と戦時中の食料事情」 PDF:193KB)
 
  (聞き取りにご協力いただいた方)  ※年齢は終戦当時
  ◆天倉一美さん(15歳)、◆田中一昌さん(10歳)、◆松尾行正さん(10歳